縄藤の記憶

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縄藤の後輩

私は縄藤と最後の10年間ほど親しくさせていただきました。私はSNSやインターネットサイトでのハンドルネームというものを持たないので縄藤より少し若かったこともあって「縄藤の後輩」と言わせてもらいます。

後輩と言っても幼なじみでもなければ学校の後輩というわけでもありません。「縄」というものによって知り合った関係です。

縄藤

私が知る縄藤について話をします。縄藤が40代の頃に私は知り合いました。その頃縄藤は賃貸業のオーナーさんで時間的には自由な人でした。アパートやマンションを所有していたようです。大金持ちではありませんが、彼が生活をするうえにおいては十分に裕福だったはずです。

縄藤は有名な都内の私立大学を卒業後に不動産会社に就職したようです。大手の不動産会社ですが営業マンとしては優秀な社員だったようです。おそらく給与も高かったのでしょうが、中古のマンションやアパートを若い頃から購入していたようです。

30代半ばにサラリーマンを辞めて、賃貸業として独立したようです。不動産の管理や売買をしながら「縄」の世界を堪能していたようです。家族はいたようですが私は知りません。

縄藤と緊縛

縄藤は学生の頃に六本木で知り合った年上の女性がSMクラブに努めるプロの女性だったそうです。その女性にSMの世界を教えられたようです。色々なことを経験させられたと言っていました。結果として女性を縄で縛ることが大好きになってしまったということです。

縄藤は難しいことを語るのは嫌いだと言っていました。縛り方も難しい名前はどうでもいいだろう、という人でした。人に見せるプロではないのでお互いに楽しく安全に遊べればよい、という考えの人でした。私はこの考え方に共感しています。

縄藤と写真

若い頃からパソコンを購入しインターネットのようなものは電話回線で接続するころから利用していたようです。そんなことが原因かもしれませんが、縛った写真を撮り始めたようです。ただし、写真とプレイは別物だ、とも語っていました。プレイしながら写真なんて撮れないようです。

以上が私の知る縄藤です。